沿革

調和系工学研究室の源流は、1969年に加地郁夫先生を初代教授として新設された北海道大学工学部電気工学科系統工学講座にあります。その後、システム工学講座、調和系工学分野と名前を変えて、今の調和系工学研究室となりました。

研究室設立40年の節目を迎える2009年4月現在、延べ279人の卒業生・修了生を輩出しております。この40年間、勉強、研究だけではなくスポーツや遊びにも手を抜かない気質が受け継がれており、それぞれの世代は今でも強固な友情で結ばれております。

卒業生・修了生の多くは一流電機メーカーや研究所、大学などに就職しており、それぞれ第一線で活躍しております。近年では、数年おきに東京で大OBOG会を開催しており、大先輩から現役の学生まで活発に交流しております。

2009年3月には研究室の歴史を支えてきた大内東教授が北海道大学をご退職され、北海道大学名誉教授となられました。その後、鈴木恵二教授が後任教授となって研究室の発展を強固なものとしました。

2015年4月に鈴木教授がはこだて未来大学に異動され、2016年1月に川村秀憲教准教授が4代目教授に就任しました。また、2017年2月に山下倫央准教授、横山想一郎助教が着任されました。現在、川村教授、山下准教授、横山助教の指導のもと、さらなる研究室発展のために日々研究にいそしんでおります。

研究室年表

年月内容
1969年
(昭和44年)
研究室開設(北海道大学工学部電気工学科系統工学講座)
加地郁夫先生 昇任(教授)
1972年
(昭和47年)
山口忠先生 昇任(講師)
5期生卒業・卒業生延べ28名
1974年
(昭和49年)
大内東先生 採用(助手)
1977年
(昭和52年)
10期生卒業・卒業生延べ61名
1979年
(昭和54年)
山口忠先生 転出(室蘭工業大学)
1980年
(昭和55年)
大内東先生 昇任(講師)
栗原正仁先生 採用(助手)
1981年
(昭和56年)
大内東先生 昇任(助教授)
1982年
(昭和57年)
15期生卒業・卒業生延べ99名
1985年
(昭和60年)
大柳俊夫先生 採用(助手)
1987年
(昭和62年)
組織改編・研究室所属名称変更(情報工学科システム工学講座)
20期生卒業・卒業生延べ133名
1989年
(平成 元年)
加地郁夫先生 定年退職・北大名誉教授就任・転出(北海道工業大学)
大内東先生 昇任(教授)
栗原正仁先生 昇任(講師)
1990年
(平成 2年)
栗原正仁先生 昇任(助教授)
遠藤聡志先生 採用(助手)
1992年
(平成 4年)
25期生卒業・卒業生延べ172名
1993年
(平成 5年)
大柳俊夫先生 転出(札幌医科大学)
1995年
(平成 7年)
組織改編・研究室所属名称変更(大学院工学研究科システム情報工学専攻複雑系工学講座調和系工学分野)
遠藤聡志先生 転出(琉球大学)
三田村保先生 採用(助手)
1996年
(平成 8年)
栗原正仁先生 転出(北海道工業大学)
鈴木恵二先生 昇任(助教授)
1997年
(平成 9年)
三田村保先生 転出(旭川医科大学)
山本雅人先生 採用(助手)
30期生卒業 卒業生 延べ206名
2000年
(平成12年)
鈴木恵二先生 転出(はこだて未来大学)
山本雅人先生 昇任(助教授)
川村秀憲先生 採用(助手)
2002年
(平成14年)
35期生卒業・卒業生延べ248名
2004年
(平成16年)
北海道大学 法人化(国立大学法人)
組織改編・研究室所属名称変更(情報科学研究科複合情報学専攻複雑系工学講座調和系工学研究室)
山本雅人先生 海外派遣(アメリカ・デューク大学)
2006年
(平成18年)
山本雅人先生 帰国
川村秀憲先生 昇任(助教授)
2007年
(平成19年)
川村秀憲先生 海外派遣(アメリカ・ミシガン大学)
山本雅人先生 配置換(複雑系工学講座自律系工学研究室
40期生卒業・卒業生延べ281名
2008年
(平成20年)
鈴木恵二先生 採用(教授)
川村秀憲先生 帰国
第1回未来工学シンポジウム・大OBOG会開催(学士会館 東京都千代田区神田錦町)
2009年
(平成21年)
大内東先生 定年退職・北大名誉教授就任・転出(北海商科大学)
第2回未来工学シンポジウム・大内先生退職記念パーティ開催(ハッピーバレー 北海道石狩郡当別町)
2014年
(平成26年)
平田圭先生 採用(特任助教)
2015年
(平成27年)
鈴木恵二先生 転出(はこだて未来大学)
平田圭先生 辞職
2016年
(平成28年)
川村秀憲先生 昇任(教授)
2017年
(平成29年)
山下倫央先生 採用(准教授)
横山想一郎先生 採用(助教)

初代教授 加地郁夫先生 功績調書

同人は,大正15年1月3日北海道に生まれ,昭和26年3月北海道大学理学部数学科を卒業し,北海道大学応用電気研究所助手,昭和36年6月北海道大学工学部講師,昭和40年6月北海道大学工学部助教授を経て,昭和44年1月北海道大学工学部教授に就任した.この間,昭和38年,昭和45年および昭和53年には名古屋大学プラズマ研究所研究員を併任,昭和59年には室蘭工業大学講師を併任,また昭和45年より昭和47年まで電気工学科演算工学講座,昭和58年より昭和62年まで電気工学科電気磁気学講座を兼担し,電気・情報系学科におけるシステム工学分野の発展に努力され,平成元年4月1日限り停年により退官され,同年4月北海道大学名誉教授の称号を授与された.

この間,同人は永年にわたって,プラズマ工学,システム工学などに関する教育,研究に従事した.昭和36年以降の本学部に在職中,学部においては工業数学,システム工学,電気工学実験などを,大学院工学研究科においては情報論特論,数値計算法特論,電気工学ゼミナール,電気工学特別実験,情報工学ゼミナール,情報工学特別実験などの講義,演習を担当するとともに,実験および研究の指導にあたり,学部学生165名,大学院学生76名,留学生3名の技術者,研究者の育成に貢献された.また,北海道工業大学,武蔵女子短期大学の非常勤講師として広く,本学部以外の学生の情報工学に関する教育にも尽力された.研究面においてはプラズマ工学,原子工学,システム工学,計算機利用工学に関する広範な研究分野に取り組み大きな業績をあげた.

同人は,特に研究面で,昭和36年より従事したプラズマ工学,原子工学の分野では核融合プラズマの微視的不安定性,磁気閉じ込めの安定性に関する先駆的な研究を行い,さらに,パルス状放射線計測・原子炉制御などの研究に従事し,これらの業績は高い評価を受けている.この間,昭和43年9月「非等方的速度分布をともなうプラズマの微視的不安定に関する研究」により北海道大学から工学博士の学位を授与された.

さらに,昭和44年電気工学科系統工学講座へ所属換えとなってからシステム工学の研究を開始し,爾来20年にわたり,コンピュータを利用した高度情報処理技術を駆使し,システム最適化法の研究,待ち行列網のシステム論とその応用,コンピュータ支援のもとで効率的かつ最適なシステム構築を行なうためのシステム構築サポートシステムに関する研究に情熱を傾けられた.システム最適化法の研究においては,電力系統工学における火力発電機群の最適起動停止問題や原子炉最適炉停止問題,原子炉最適出力変更問題などの工学システムの最適化について研究し,この分野の先駆的な研究を行った.

また,費用関数が二次関数で表現される最適輸送問題に対し効率的算法を与え,それまで解けなかった大規模輸送問題を解き,内外で注目されている.待ち行列網のシステム論とその応用に関する研究成果としては新交通システムのトラヒック解析の研究がある.これは,個別軌道輸送システムと呼ばれる新交通システムの駅部,交差点,及びネットワークにおけるトラフィック現象の待ち行列論的な解析により,システムの最適なコンピュータ制御方式を確立したものであり,多岐かつ多数にわたる研究成果とその独創性は高く評価されている.

最後に,システム構築サポートシステムに関する研究成果としては内外でも高く評価されている構造モデリング法の研究がある.これは人間の頭脳の中にある曖昧模糊とした対象をコンピュータを対話的に利用して具象化し,分類整理するものであり,システム工学のみならず,知識工学における知識構造のモデリングへ応用できるものとして注目されている.

また,学内においては,北海道大学大型計算機センター運営委員会委員,直接発電実験施設運営委員会委員,北海道大学大学院委員会委員を務めるなど北海道大学と工学部の発展に貢献された.さらに,学外においては,日本オペレーションズ・リサーチ学会,計測自動制御学会,電気学会,情報処理学会の各北海道支部長,本部理事,本部評議員,全国大会実行委員長等を歴任し学術の発展に大きく貢献された.また,運輸経済研究センター「メディアターミナル整備促進調査委員会」委員長,中小企業事業団・中小企業研究所研究事業検討会委員,札幌鉱山保安監督局深部総合対策部会調査員,日本オペレーションズ・リサーチ学会新社会システム研究会部会長として社会システム問題に参画し,地域社会に大いに貢献した.

定年退職後はさらに7年間北海道工業大学において電気工学工学科のシステム工学,情報工学部門を担当し,学生の教育および研究に尽力され,さらに,同大学の情報技術センター長を務めるなど同大学の発展に寄与された.

以上のように,同人は,教育面において多くの優れた人材を育成し,我が国の産業の発展に大きく貢献した.また,研究面においてプラズマ工学,システム工学などを中心とする学術研究上の活発な諸活動に加え,北海道大学の運営,産業界,地域社会における貢献など,その功績はまことに顕著である.

二代目教授 大内東先生 功績調書

本学教授・大内東氏は,昭和43年に本学工学部応用物理学科を卒業,昭和46年に本学大学院工学研究科応用物理学専攻修士課程を修了,昭和49年に同研究科電気工学専攻博士後期課程を修了し,「二操業帯を有する生産在庫システムの最適起動停止運用計画の分枝限定法による決定と電力経済運用問題への応用」により工学博士の学位を授与された.同49年には本学工学部助手に採用され,昭和55年同講師,昭和56年同助教授,平成元年同教授に昇任し,情報工学科システム工学講座を担当した.平成9年には本学工学研究科教授,平成16年からは本学情報科学研究科複合情報学専攻において複雑系工学講座調和系工学研究室を担当した.

教育面では,「マルチエージェントシステムの基礎と応用」,「生命複雑系からの計算パラダイム」,「技術者のための現代経営戦略の方法」などの学部・大学院生向け教科書を執筆するとともに,情報科学に関する学部・大学院・全学教育を担当し,大学教育に貢献した.

研究面では,計算機科学・情報科学の諸問題に対して複雑系工学のコア理論の一つである調和系の概念確立とその応用に関する研究論文を多数発表した.それらの成果が認められ,平成13年には日本オペレーションズ・リサーチ学会よりフェローの称号が授与された.また,より実践的な研究として,病院や地域医療の運営戦略としての情報技術利活用について研究を行い,特に北海道の医療現場での諸問題の解決に尽力して多くの研究論文を発表した.さらに,観光産業を支えるための技術創出・戦略を情報学の視点から支えるための観光情報学に関する研究分野も立ち上げ,多数の論文を発表した.

学内においては,全学教育科目「情報学」企画責任者などとして全学教育の発展に関わるとともに,学外においては,経済産業省,厚生労働省,北海道経済産業局,北海道運輸局,北海道総合通信局,北海道,北海道医師会,札幌市,札幌市医師会などの各種委員会委員を務めた.学会活動としては,日本オペレーションズ・リサーチ学会,情報処理学会,日本知能情報ファジィ学会などの北海道支部長や評議委員,各種専門委員,各種大会委員長などを務めた.さらに,地域の観光産業における情報技術利活用を科学的に研究するための場である「観光情報学会」の設立に尽力し,理事職および会長職の歴任を通して全国的な地域観光と学問分野の発展に貢献した.

北海道大学大学院情報科学研究科 情報理工学専攻 複合情報工学講座 調和系工学研究室のウェブサイトです。